エレクトロネイティブ。

11年前、仕入れの場をパリへと移すため県庁所在地を新天地とした頃に、銀座、六本木周辺の箱でそれは産声を上げていた。

時を同じくして、「この宮崎ではマルタン・マルジェラを扱うのは無理だ」とどのお店のオーナーやスタッフも無駄に口を揃えて日々ドヤ顔を決めていたし、“音”に関してもその存在すらほぼ100%持ち込まれておらず、(自称)DJ達にも当然知られていない、オンオフどちらもまったく濡れない場所だった。

その切っても切れない2つをほぼタイムラグのないタイミングでお店に持ち込み、国内において「永久に何かが不可能な場所」という(ある種放射能よりも悪質な)摺り込みは要らないレッテルだと証明した(出来た)ことでファッションビクティムから誰よりも逸早く足を洗った。

(慣習の様な)都合の悪いことに首を突っ込むことは嫌いではない。否、どちらかというと好きだ。

音楽は自分のその時を映す真実だと思う。

当時、新店舗オープンミュージックミュージックとして独自に入手し使用したオーストラリアの2many dj'sと呼ばれていたBang Gang Deejayやジャスティスなんて宮崎のレコードショップやタワーレコードなど何処にもまったく置いてなかったし掛かっている場所すら無かった。(当時、県内一といわれ週末のクラブなども仕切っていたレコードショップのオーナーも来店してBGMを含めて驚愕の表情をしていたことは一部の間では有名。早過ぎて伝わらないと思い仕入れていないと云っていた)

それがあの頃の銀座や六本木周辺で“岩盤”や“盤岩”と書かれヒップなパーティーが繰り広げられていた産な音だった。

時折思い出すのはマレ地区やクリニャンクールよりもそんな些末な事だったりする。

あれから11年が経ち、今日も何かを生むために聴いている。

もちろんその“何か”はすでに始めている中に在ること。

いつだって自分だけの真実を究めたい!

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